クライミング人生

松林 孝憲

 

■ネパール・チュルー遠征写真集(1995年2月21日~4月7日)

隊長:稲田俊 副隊長:藤本謙治 隊員:佐藤栄宏 伊吾田宏正 小林剛 松林孝憲

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■大峰山脈山上ヶ岳登山報告書(2017年9月2日~3日)

 

■触覚・嗅覚への旅

 強い日差しで岩が蒸され鼻につく臭いを発している、そう丁度盛夏の頃の出来事だったと思う。岩は南向きでも日中は絶えず太陽の下にさらされるはめになり、露出する肌にも汗の臭い と太陽の香りが混じりあっていた。
 場所は定かではない、と言ってもどこでもいい。卜ルケスタン山脈の花崗岩群の一つ、草付きだらけの岩だったとしておく。かなり無理がある。パートナーはよく覚えている...。いつものパートナーには、今回、ご登場願わない。今回は特別渋いところで、今は亡きピエール・ビジャンと、ついでにと言っては何だが最近史上3人目の8千メー卜ル14座登頂者となったエアハルト・ロレタンとしておく。彼らもいい迷惑である。なぜその岩場を目指したのか、と問われても困る。今の私には答える術がない。ただ岩の臭いとハイマツの香りが私を引き寄せたのかも..。
 私たちは、フレンズやナッツをクラックにかませ、 順調にピッチをあげていた。終了点まであとわずかのところまできている。私がリードしている時ザイルにちよこっと体重を掛ける。
 と、ファイ卜一発よろしく突然単なるミスか、神のいたずらか、ザイルがプッツリと切れる。 ここまでは百歩譲っていいとしよう。問題は、ここからだ。当然といえば当然だが私は、落っこちている。これにはさすがの私のパートナーもどうしようもない。私はどんどん加速度を増し、ニュー卜ンを恨んでもしようがない状態である。
 落ちる、落ちる、既に目の前真っ白だ。
 どれぐらいの時が過ぎたのか、まだ私は空中を重力の法則に従って漂っているらしい。空白状態の脳裏から何かが朝霧の様に生まれてくる。加速度を増すほどその勢いをます。懐かしい、それが空白状態の頭の中から生まれた私の理性による第一声、頭の中で生まれたものは、そのように私を思い起こさせたが、そのきっかけは、感覚、取り分け嗅覚による臭いであったかも ...。
 んっ!、かび臭い。これはなんだ。テン卜の臭いだ。ずぼらであまり手入れをしていないからだろう。ひどいときは前回の合宿の食べ物が染みとなって残っているときもある。ついでに 足の臭いもしてきた。これはたまらん。今度は煙臭い。髪の毛までも煙の臭いが染み込んでいる。薪に火がつかなくて難儀している。マッチ一本ですぐ焚火ができることは探検部内ではあ る種のステータスだ。でもまだまだケツが青い。次は少し今までと違う煙の臭いがしてきた。妙に松脂臭い。
 脳裏に生まれる景色は、ネパールの山奥。目の前にはアンナプルナ山群、山頂には雪煙を吐き、山全体が光輝いている。今思えば二週間にわたる異様に長い往路のトレッキングもやっと 終わりに近づき、目標の山が見えてきそうなところにいる。
 そのようなところで私と他の隊員達がむさぼるようにダルバー卜(私たちの主たる栄養源であった現地食・汁ご飯、お替わり自由。と、言っても量に限りがあるので、いち早く食べた者 が勝ち。彼の地では早飯早糞が原則なのだ)を食べている。
 「エク チャー ディノス(お茶下さい)。」と覚えたてのネパール語を小粋に使って、 薄暗いバッティー(茶屋みたいなもの)に入る。中では私たちのガイド(名・・パサン・シェルパ)が、店の美人ネーチャンをからかっている。けっこう女たらしだ..。そうこのハッティーの臭いだった、マツ脂臭い煙とは。薪にハイマツを使っているため部屋中がその臭いで充満していたからだ。
 ハイマツの香りは、私の脳裏に焼き付いている。森林限界を超えるとまず最初に香るのがそれであり、岩登りでハイマツを手がかりに使うと、その香りが後まで手に残る。街中でもこれに似た香りが漂っていると、つい立ち止まってしまう。まぁ、生来マツが、好きなのだろう。なにせ、名前が松林だから。
 くだらないことを考えているうちに、私の落下も終わりに近づいてきた。衝撃と共に春の眠りから目を覚ます。ベッドから落ちた。目の前にはいつもと何ら変わりのない景色がただあるだけ。
 私の探検部活動は、まさに嗅覚と触覚の旅であった。近代以降人間は、視覚に偏重して外部判断をしてきた。しかし視覚によって得られる情報は限られてくる。
 遠くで見たものは、近くで触れてみないとその真の大きさは分からない。目で見えない影の所からもなにかが臭ってくる。このように嗅覚と触覚を刺激する旅もまた一興だと思う。
(1996年記)